大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和30年(ワ)284号 判決

原告

棚橋東一

被告

三重定期貨物自動車株式会社

主文

被告は原告に対し二万円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告が昭和三十年六月二十五日午前五時頃後部荷台に「枇杷」約二十貫を積んで岐阜県羽鳥郡笠松町美笠通り一丁目国道二十二号線路上を岐阜市に向い北進中、訴外中居一義の操縦する貨物自動車が後方から原告を追い越す際原告の自転車と接触し、その結果原告が転倒して後頭部、右胸部、左肘関節部各挫傷、前膊部、右下腿部右手各擦過創を負つたことは当事者間に争いがない。

証人馬渕栄一、渡辺常雄、中居一義、山本和男、の各証言及び原告本人の供述と検証の結果並に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件事故の現場は、名古屋市と岐阜市とを結ぶ国道二十二号線路上の岐阜県羽鳥郡笠松町地内羽鳥警察署の北約六百メートル、美笠橋の南約三十メートルの地点であつて、右道路は中央部幅員六メートルをコンクリートで舖装し、その両脇各二メートル半は未舖装で、舖装部分より平均約五糎低くなつており、附近一帯は人家が乏しく、且直線で、美笠橋を頂点としてゆるい上り勾配となつていること、元来右道路は諸車の往来が頻繁であるが、事故発生の時は早朝のこととて他に交通がなかつたこと、原告は後方から中居運転手の操縦する自動車が近付いたことを知り、道路の左側舖装部分と未舖装部分との境界線附近に寄つて進行したのであるが(原告は右境界線から約三十糎離れた未舖装部分にまで避けたと主張し、被告は原告が右境界線から約一メートル舖装部分に入つた個所を走つていたと主張するが、そのいずれであるか、証人中居一義、山本和男の各証言、原告本人の供述及び検証の結果によるも適格に認めることは困難である。)、中居運転手は事故現場の約五十メートル後方から既に原告の位置を確認しておりながら単に警笛を二回程鳴したのみで、時速約四十キロの速度をもつて走り来たり、余りにも原告の自転車に接近し三十糎内外の間隔を置いたのみでこれを追い越そうとしたため、その衝動によつて原告の自転車が安定を欠き、自動車の後尾に接触し、ために原告が転倒したことが認められ、この認定に反する証拠はない。思うに速力の早い自動車が、自転車のような速力の劣るものを追い抜こうとする時は、予め警笛を吹鳴して相手に充分注意を与え、且つ危険を未然に防止し得るに足る充分な間隔を置いて追い越すべきであり、若しその問隔が充分でない場合には一旦停車するなり速力をゆるめるなりして条件の好転をまつて安全通過を確認した上で追い越すべき注意義務があるものといわなければならない。しかるに中居運転手は当時他に妨げとなる何物もなかつたのであるから、道路の幅員からいつてなお原告を避けて安全に通過し得る充分な間隔があつたにも拘らず、僅かに警笛を二回程鳴らしたのみで前記注意義務を怠り、原告の自転車に極めて接近して追い越そうとしたため本件事故の発生となつたものといわねばならないから、中居運転手にその過失があるものと断ずべきである。

そして中居運転手が被告の被用者であることは当事者間に争いがなく、証人中居一義、酒井二郎の証言によれば、被告会社は貨物自動車による運送事業を営む会社であつて、中居運転手は当日被告所有の貨物自動車を運転して被告の業務内容に属する名古屋市大垣市間の定期路線の運送業務に従事していたものであることが明白であるから、被告は中居運転手の前記過失によつて原告の被つた損害を賠償する義務があるものといわねばならない。

よつて先づ原告の財産上の損害賠償請求につき按ずるに、原告本人の供述のみをもつてしては未だ原告の主張する損害の発生並にその額を適格に把握することができないし、他にこれを認むべき証拠がない。即ち原告はこの点につき必要な立証を尽さないからこの請求は認容できない。

次に慰藉料の請求につき審按するに、成立に争いのない甲第一号証の一、二に、原告本人の供述を綜合すれば、原告は農業に従事し、花畑三反、田二反半を耕作し、年間約四十万円の収益を挙げて妻と二十歳の長女、十三歳の二女と共に生活しているのであつて、前記負傷のため事故当日から同年八月二十五日までの間に十三回通院治療を受け、その後も約一ケ月間痛みが去らず、従つてその間充分に労務に服し得なかつたことが認められるから、(現在においては右負傷による身体の故障は認められない。)原告はこれらの打撃により相当の精神的苦痛を受けたことは明かであるが、一方原告が後部荷台に枇杷約二十貫を積んで自転車に乗つたまま、ゆるやかではあるが上り勾配の路上を進行していたことは前記のとおりであつて、このように後部に重量物を積載した自転車に乗り、しかも坂道を上る場合には自転車の構造上ハンドルの操作は著しく安定を欠き。僅かな衝激によつても事故を引き起し易いことは経験則に徴し明らかなところであるから、かかる操縦の不安定な自転車に乗つていた原告としては、自動車の進行状況に充分注意し、その状況に応じて更に一層道路の端に寄るとか、一旦自転車から降りて待避するとか、危険を防止するに必要な適切な措置をとるべきであるのに、原告は舖装路と未舖装路との境界線附近にまで寄つたのみで、自動車が無事追い越すであろうことを過信し、漫然進行を続けたため、中居運転手が余りに原告の自転車に接近して疾走した不注意と相まつて本件事故の発生となつたものといい得るので、原告にもその責に帰すべき不注意があり、被告の過失相殺の主張は理由があるから、慰藉料の算定につきこの点を斟酌すべきである。以上の諸事情を勘案すれば、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料は二万円をもつて相当と認める。

しからば原告の本訴請求は二万円の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小渕連)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例